月夜見
“大川の向こう”
  


      



河口に間近いここいらは、
漁をする家、船宿だった家も多いが、
今はそれらを廃業してしまったところが大半で。
住人が徐々に減りつつあるというのも原因ではあるけれど、
もっと切実なのはやはり、
後継者が居なくてという理由からの廃業だろう。
漁場も護岸環境も周辺の都市化に易々と押されてしまったくらいだから、
伝統の地域産業というほど大層なものでなし。
そこへ持って来て…こういう言い方は語弊があるやもしれないが、
誰にでも務まる“会社勤め”という就職口が間近なところに増えて来たので。
それへと若い者らが流れて行っても、
それはもはや時代の風潮だろから仕方がないやねと、
大昔ほど頑固にも家業を継ぐのが絶対ではなくなった昨今ならではの、
まま良くある話というところ。
とはいえ、
渡しの艀
(はしけ)を運行するのは繁雑だから、
いっそ橋を作ってしまおうかなどという話となると、
忘れたころに持ち上がっちゃあ、
何なら子供でも泳いで渡れるほどの幅、
そんなもん作るのは税金の無駄遣いだと、一笑に付されて立ち消えて。
そうやって今に至る小さな村は、
今時のあれやこれやとは微妙に間接的に触れているせいだろか。
どんなに気ぜわしい時代になっても関係なく、
のどかな空気がのんびりと流れていて。
そんな空気の“このまま”がずっと続くような気さえして。


 「こんちゃ〜っ。」

坂のどんつきにある、ちょっぴり急な石段を上がった先。
キョウチクトウの茂みがぐんぐんと伸び始めているのが、
日当たりのいい南側の石垣の上から覗いてるお家。
この地には長い家系の家なので、
古めかしい瓦屋根の母屋は何だか威厳があって偉そうだけれど、

 「あら、ルフィちゃん。いらっしゃいvv」

ガラス格子の引戸が開けっ放しになっていた玄関へと顔を出したのは、
無地のTシャツの上へパステルカラーのタンクトップを重ね、
下はローライズの膝までデニムという、
いかにも今時のざっかけない恰好をした、女学生だろううら若いお嬢さんで。
小さな坊やが唐突にやって来たことへ何の不審もなくの応対なさってから、

「あら、ゾロ。あんたもいたの。」

家人もいたことへは顔を見てから気づいていたりして。
まったく、道場ではちゃんと礼が出来るのに、
どうして“行ってきます”とか“ただいま”は省略するのかしらね、この子は…と。
ぶっきらぼうな弟をひとしきり腐しながらも、
だからどうしたとばかりに反応が無いことへまでは、
それこそ今更なので噛みつかず。
無愛想なまま框を上がって来るのを眺めやり、

 「あ、そうそう。今日は特別なおやつがあるんだ。ルフィくんも食べてきなよ。」

目許を細め、にこ〜っと微笑ってくださるお姉様。途端に、

「…っ。」

肩がこわばったのは実の弟、そして、

「わあvv くいな姉ちゃん、何か作ったんか?」

さっきも話してたんだぞ? 俺、おねいちゃんの作るおやつが大好きだって。
そりゃあ屈託なく語る坊やの言いようには嘘はないが、

 “ホットケーキをお焼きだと思ってたクセによ。”

そこのところを故意に言わないルフィなのではないというのは、
ゾロとても重々判ってる。
人のご機嫌を伺って振る舞うような、
そんなややこしい小技がこなせるほど器用な坊やではなし。
何よりも悪意がない子だから、
たとえそっちを先に言ったとて、
大好きなお焼きと同じくらい美味かったと、
けろり言ってのけた末、やっぱり角は立たないに違いなく。
胸の内にてこっそり苦笑を零している短髪頭の弟御の後に続きつつ、
年季のせいで黒ずんではいるが、
つやが出るほどよくよく磨かれた板張りのお廊下をパタパタと進む、
残りのお二人の会話が弾む。

 「残念、今日のはあたしの手作りじゃあなくってね。」

やっぱりまんざらでもなさそうに笑って下さったお姉様、
え〜っと眉を下げたおちびさんへ、

 「でもね、とっても美味しいお菓子だよ?
  カップケーキっていって、甘くてふかふかなの。」
 「かっぷ、けいき?」

何も洋菓子が舶来品だとまでされるほど、町から遠くの田舎じゃあない。
渡し舟の係留場近くに一軒だけあるコンビニでは、
プリンだってシュークリームだって、ワンコイン・スィーツだって置いている。
ただまあ、学童年齢の子供だと、
小じゃれたカタカナ名前を持ち出されても良く判らないのも致し方なく。
差し詰め、エクレアはチョコのかかったシュークリームだし、
ブラウニーはチョコ味のスポンジケーキといったところかと。
ルフィ坊やをお首かっくりさせた くいなさんにしても、

 “ホントは何とかって別の名前だったみたいだけど。”

えっと確か、マフィンとか言ってたっけかな?
でもナミが“なんだカップケーキじゃないの”って言ったらば、
彼、そうとも言いますなんて調子いいこと言ってたし…なんて。
何を思い出したやら、くくく…と吹き出してしまい、

 「???」
 「あ、ごめんごめん。」

ますますのこと、小さな坊やを“おややぁ”と不思議がらせてから、
到着したキッチンのテーブルの上、
小バエがたからぬようにという“ハイ帳”をかけてあったのをさっと退ければ、

 「わあvv」

そこにあったのは結構な大きさの大皿へ小山のように盛られた、
カップケーキことマフィンがいっぱい。

 「どしたんだ、これ。」

日頃はおかきや煎餅しか買い置いてない家に、
可愛らしくてハイカラな菓子がこうまで沢山あるのは、
さすがに不自然だと弟御も感じたらしく。
流しで手を洗うルフィくんをまめまめしくも手伝ってやっている姉上へと問えば、

 「うん。あのね、川向こうのアーケードに新しいケーキ屋さんが出来てさ。
  そこの子だっていう男の子がウチのクラスに転校して来たんだけど。」

くいなが通う中学も川向こうにあり、
ただし今日は実力考査とやらのみという、昼まで登校だったらしいのだが、

 「ご挨拶代わりですって言って、クラス中の皆へこのケーキを配ったってワケ。」
 「うひゃあっvv」

そんなそんな夢みたいなことをするのか? 川向こうじゃあと、
大きな眸をますます見開いてのワクワクと、
小さな王子様が絶叫しかかったものの、

 「但し、女子と男子に格差があったところが笑えたけれどね。」

女子には両手いっぱいって大きさの箱詰め、
男子には片手で収まる袋詰めという差があったらしく。
男は甘いものが苦手だろからって、澄まして言うもんだから、
日頃から“女子供と一緒にすんな”とか偉そうにしてるクチの▽▽とか、
ぐうの音も出なくてねと、愉快愉快と笑いつつ、

 「でもねぇ、女子だって太るからってあんまり食べない子もいるってのにね。」

此処にこんなにあるのだって、
ナミに“半分ほど持って帰って”って押し付けられたせい。
いつも話してるルフィとかいう可愛い子にあげてと言われたそうで、

 「わぁ〜〜〜〜、ナミさんていい人だあ〜〜〜。////////」
 「…そうかな。」
 「何だよゾロ、やさしいおねいちゃんじゃないか。」
 「だってよ、前に会ったことあっけど、
  くいなと変わらん乱暴もんだぞ…って、痛てぇなあっ。」

弟からの言いたい放題へ、容赦のない鉄拳制裁が飛び出した くいなさん。
このお家が営む道場のホープであり、
これでも昨年の国体の少年クラスの優勝を
史上最年少の女子の身で飾った恐るべき剣豪だったりし。


 ―― ぐだぐだ言ってないで、ほれ、あんたもお食べなさい。
     そだぞ、ゾロ。凄げぇ美味ぇぞ、これvv
     〜〜〜〜〜おお。


静かな川向こうの村、お昼間は子供の王国だからね。
ちょっぴりおませなお姉さんに仕切られて、ちょっぴり不服顔の坊やを見やり、
まあまあ、怒らない怒らないと、
お庭の矢車草がゆらゆら揺れつつ宥めておいで……。







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 *まったり進んでおります。
   こういう田舎町って何か好きなんですよね。
   筆者が生まれたところがこんな感じの土地だったからかもです。
   秋の終わりにはカヤだのススキだのがぼうぼうな原っぱもあったし、
   神社の周りには蝉が一杯いた鎮守の森もあったし。
   まだスーパーもなくって、毎日のお買い物は市場で済ませてて、
   ジャ○コのあるJR前までは、
   結構な時間をバスに揺られてかなきゃならなくて。
   でも、10くらいの頃に引っ越しましてね。
   久々に戻ってみたら、
   まあま、あちこち変わりまくっててビックリさせられたもんですよ。

   もうちょっと続きますんで、お付き合い下さいませです。


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